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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页

青空文庫

おみやはもじもじしながら「これでは派手かしら」と訊いた。

六郎兵衛は新八を見た、「あとで野中の家族が来る、夫婦と子供が一人だ、妻女は病身らしいから、これまでのように客のつもりでいてはいかんぞ」

そして「おれは二三日うちに来る」と云って立ちあがった。

おみやは新八をみつめた、「では新さん」

「みや、ぐずぐずするな」と六郎兵衛が云った。

おみやは泣きそうな眼で新八をみつめ、おろおろと云った、「あたしいきますからね、あなたはそんなにお丈夫ではないんだから、よく躯に気をつけて下さいよ」

新八は「ええ」と云った、彼はおみやのほうは見なかった。

「宿下りにはきっと来ます、不自由でしょうけれどがまんしてね、そのうちにはまた」

「みや」と六郎兵衛が云った。

「ではさよなら、新さん」

おみやは指で眼がしらを押えながら、包みを持って立ちあがった。新八は顔をそむけ、黙って、弱よわしく頷いた。

昏れがたになって、野中又五郎と、その妻子が来た。このまえ訪ねて来たときは、新八は声だけ聞いたので、会うのはそれが初めてだった。

又五郎は三十二歳、自分でなのるところによると、蒲生家の浪人で、妻の名はさわ、九歳になる娘はお市といった、浪人生活がながかったのであろう、夫婦とも痩せて、膚の色が悪いし、着ている物も貧しく、荷物も包みが三つしかなかった。