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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页
と新八は口の中で云った。
しかし、まもなく宇乃が出て来たとき、彼は踵が地につかぬほどふるえだし、殆んど恐怖におそわれたような眼つきになった。宇乃のうしろに、着物でよくくるんだ虎之助を弥吉が抱き、おきわが包みを持ってついて来た。
「いま駕籠を呼びます」新八は門のほうへ走っていった。
塩沢丹三郎が良源院へ来たのは、宇乃たちの駕籠が、門を出たすぐあとであった。彼は虎之助のみまいに来たのであった。
昨夜、甲斐から虎之助が麻疹で寝ていると聞き、明日はみまいにいってやれ、と云われた。そのとき、みまいの品を持ってゆくようにと、幾らかの金も渡された。もちろんこんな時刻に来るつもりはなかったが、眼がさめると、にわかに気がせきたって、すぐにも宇乃に会い、虎之助のようすが知りたくなった。
――さぞ困っているだろう。
宇乃はまだ十三歳にしかならない。いくらおとなびていても、病気の弟をかかえては途方にくれるにちがいない。丹三郎には、宇乃の途方にくれた、悲しそうな顔が見えるようであった。
――みまいの品はあとでいい。
彼はそう思った。母親は「早すぎる」と云い、朝食をたべてからゆくように、と云った。