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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页

青空文庫

「伊東さまらしいこと」

鳥羽は微笑し、片手で頬を押えながら、またじっと、甲斐の眼をみつめた。

「たぶんなにか懐柔する策があったんでしょう、大いに自負していたようですが、茂庭家ではむろん奥へとおしはしません、こちらで、と控えの間へいれられたまま、ついにめどおりかなわずです」

「原田さまもお人の悪い、どうしておとりなしをしてあげなかったのですか」

「そんなことをすれば、七十郎は怒りますよ」

「お怒りになるんですって」

「怒りますとも」と甲斐は云った、「彼は立派に自負していたんですからね、私がよけいな口をきいたりすれば、彼の誇りを傷つけることになるでしょう」

「伊東さまもむずかしいことね」

「私はわる酔いをして泊ってしまったので、彼がいつ帰ったか知りませんでしたが、まさしく彼はその角を折ったと思いますね、そうではないか、七十郎」

「私は自分に角があったとは思いません、したがって、ない角を折ることもできないと思うんですがね」

「里見どのの感想はどうですか」と甲斐が云った。

十左は当惑して、なにかぶつぶつと口ごもった。

「話しの途中だが」と柴田外記が云った。

つとめて感情を抑えているらしいが、五十二歳の彼の眼や、その声の調子には、隠しようもなく怒りがあらわれていた。