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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页
甲斐は机に肱で凭れた。
「いよいよ、御苦労が始まるのですか」と惣左衛門が云った。
「なに、さしたることはない、さしたることはないだろう、あまり気を病まぬがいい」
「私は、お側に仕えるのが、辛うございます」と惣左衛門が云った、「隼人をお召しになって、私にお国もと勤めを願えませんでしょうか」
「おまえはそうはしないだろう」
「私はお側にいるのが耐えられそうもございません」
「おまえにはそうはできない」と甲斐が云った、「たとえおれがそう云っても、おまえは国もとへは帰らないだろう。また国もとには国もとで、やがて辛いことが起こる、隼人にも苦労をかけなければならない、惣左衛門は江戸で勤めてくれ、惣左は江戸では欠くことのできない人間だ」
「私は、ただ、――」と惣左衛門は云いかけて、あとは云わずに頭を垂れた。
「湯島へゆく」と甲斐が云った、「供は喜兵衛に舎人、それから久馬だ」
「成瀬でございますか」
「うん、久馬だ」と甲斐が云った、「たぶん泊ることになるだろう、届けておいてくれ」
惣左衛門は消えるように「は」と答えた。
あやめもわかず
湯島の家へゆくと、甲斐は寝間の支度をさせて横になった。