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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页

青空文庫

――損をしたら原田家が償う、利益があったらこれこれの割で分配しよう。

甲斐はそういう約束で、ようやく又左衛門を承知させたのであった。それから約一年、雁屋信助に販売をさせる一方、甲斐も知友にその味をこころみさせてきた。そして、それは嗜好品としてはかなり珍重されるが、大量に売れるものではないということが、しだいにはっきりして来たのであった。

「年貢だけに頼っていては、武家の経済はやってゆけなくなる。なにか他に年収のみちを計らなければならない、そう考えた手始めにやってみたのだが」甲斐は自嘲するように云った、「やはり素人の商法はうまくゆかぬらしいな」

「どうでございますかな」

「――なにを笑う」

「失礼いたしました」雁屋信助は低頭して云った、「あまりまじめに仰しゃるので、つい可笑しくなったのです」

「まじめにとは」

「お叱りをうけるかもしれませんが」と信助は云った。「くるみ味噌が御経済のために、考案されたかどうか、ほかの者は知らず、この信助だけはよく存じております」

「くるみ味噌か」と甲斐は苦笑しながら、眼をそむけた、「その話しはやめにしよう」

信助は黙って低頭した。