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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页

青空文庫

「私が辞職する代りに、船岡が国老になってくれるか」

「もうその噂が出ている」と甲斐は苦笑した。

「噂が出ているって」

「米谷から今日そのことを云われて、殆んど面目を失ったかたちだった」

「どういう意味だ」

周防はまた袖で押えながら咳をした。それがしずまるのを待って甲斐は云った。

「一ノ関のしり押しで、近いうち国老になるそうではないか、と云われた」

周防は「ほう」といった。

「私は初めて聞くし、思いもよらぬことだと云った、すると米谷が、自分は意外とは思わぬし、涌谷さまも意外とは思っておられぬようだ、と云った」

甲斐は静かな眼で周防を見た。周防はそっと頷いた。

「――涌谷さまか」

「ほかにはあるまい」と甲斐も頷いた、「米谷は口のかたい篤実な人だ、世間の噂やかげぐちなどに乗せられる人ではない、しかし、涌谷さまから聞かされたとすれば信ずるだろう」

周防は「うん」といった。

「涌谷さまはみごとに人を選んだ、柴田どのはまったく信じていたようだ」

「そうか」と周防が低い声で云った、「では船岡にも、敵ができたわけだな」

「七十郎は一ノ矢だと云った」

「彼もいたのか」

「朝粥の会に招いたのだ」