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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页
宇乃の胸や、腹部や、太腿が、二人の着物をとおして、直接、ぴったりと触れあった。甲斐はほんの一瞬、たじろいだ。
その接触はほんの一瞬のことであった。そして、宇乃自身まったく無意識ではあったろうが、甲斐の腿を大胆に、あるいは無心に、圧迫したその部分の、あたたかい、弾力のあるまるみは、四十二歳になる甲斐をたじろがせるのに充分であった。その一瞬の接触は、甲斐を深く動揺させた。それは彼の心の中心にしみとおり、全身にひろがって、しっかと彼をとらえた。そのとき彼は、自分と宇乃とが眼に見えない絆で、固く、しっかりとむすびつけられたように感じた。
「おじさま、死んではいや」と宇乃は云った。それは十三歳の少女ではなく、成熟した娘の声のようであった、「生きていらしって、おじさま、死んではいや」
宇乃は甲斐に頬をつよく押しつけた。
甲斐はさりげなく、その接触から身をひき、宇乃の背を静かに撫でた。宇乃は息をつめた。泣きそうになるのを耐えたようである。甲斐は頷いて云った。
「うん、生きているよ」
宇乃はじっとしていた。甲斐の体温とその声のなかへ、自分を浸しきってしまおうとするかのように。