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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页
「そうだ」と甲斐は頷いた、「宇乃はそれを見ることができる、もう少し経ったらね」
「虎之助が、八つになれば、ですわね」
「そうだ、虎之助が八つになればね」
そして甲斐は「丹三郎」と呼んだ。すぐに返辞が聞え、次の間から塩沢丹三郎が出て来て、廊下へ膝をついた。甲斐は「乗物」と云った。丹三郎は玄関のほうへ去った。
「もういちど坊をみよう」
甲斐は障子をあけた。宇乃は彼のあとから部屋へはいり障子をしめた。甲斐は虎之助の枕元に坐った。虎之助の頬は赤く、呼吸は短く、不規則であった。眠りが浅いのか、頬や瞼が絶えず痙攣し、なにかものでも云おうとするように、ときどき唇も動いた。
「下痢は止まったのか」と甲斐が低い声で云った。
宇乃は「いいえ」と答えた。
「医者を変えるように云おう」
「玄庵さまはよくして下さいますわ」
「医者を変えてみよう」と甲斐は云った、「惣左衛門にそう云っておく、丹三郎もこれまでどおり此処へよこすが、用があったら待っていないで、すぐに屋敷へ使いをやるがいい」
宇乃は「はい」と頷いた。甲斐は振向いて宇乃を見た。
「宇乃は大丈夫だな」
「はい、大丈夫でございます」
甲斐はそっと立ちあがり、もういちど虎之助の寝顔を見てから「送るには及ばない、そこにおいで」