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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页
坪庭の槇で法師蝉がなきだした。法師蝉の金属的な声は評定所いっぱいにかんだかく反響し、渡辺金兵衛はちょっと答弁のでばなを挫かれたようであった。
「どうした、――」と勘解由が促した、「はっきり云え、紛らわしい返答はゆるさんぞ」
「お答え申します」と金兵衛が云った、「上意を僣称いたしましたことは申し訳ございません、また、それはどなたの指図でもなく、私の一存でしたことですが、そうするよりほかに致しかたがなかったのです」
「――なぜだ」
「私どもはかの四人を討取るつもりでした、四人だけ討取ればよいので、そのほかに不必要な死傷者はだしたくなかったのです」
兵部の顔をなにかがさっとかすめた。それは安堵の色のようでもあり、賞讃の色のようでもあった。
「――それで」と勘解由が云った。
「まだ申上げるのですか」と金兵衛が反問した。
勘解由はなお云った、「ほかに死傷者をだしたくなかったから、というだけではわからない、もっと具体的に申してみろ」
「しかし現に、――」
金兵衛はちょっと言葉を切った。勘解由の頭がわるいのか、それともわざと諄くいうのか、どちらにしてもばかげている、といったような眼つきをした。