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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页

青空文庫

「はい、わかりました」

「さぞ心ぼそいだろうが」と丹三郎はいそいで云った。

「しかし、良源院は芝の山内で、愛宕下のお屋敷からはひとまたぎだし、此処からもさして遠くはない、母や私は、これからもできる限りお二人のちからになろう、どうかそう思って、向うへいっても心丈夫に辛抱して下さい」

「はい、よくわかりました」と宇乃は丹三郎を見あげた。

「わたくし大丈夫でございます」

丹三郎はなおなにか云いたそうだった。宇乃は心のなかでそっと呟いた。

――この方にはもう会えなくなるだろう。

塩沢の家に預けられてから、丹三郎はよく虎之助の面倒をみてくれた。丹三郎はひとり息子なのに神経質なよく気のまわる性分で、宇乃に対しても、うるさいほどしんせつにしてくれたが、虎之助のことになると、まるで親身の弟のように熱心で、そのために、却って虎之助は幼ないながら、すっかりあまくみるようになっている。

宇乃が支度をしていると、虎之助がみつけて叫んだ。

「あ、おうちへ帰るのか」彼はおどりあがった。

「静かになさいな」と宇乃が云った、「おうちへはまだ、今日はよそへゆくのよ、おとなになさらないと、おばさまの御迷惑になりますからね」