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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页

青空文庫

ほかのときは家従の人か、他の重臣の人たちといっしょだったが、それが原田甲斐だということは、いつもすぐにわかった。誰に教えられたのか、教えられた記憶はない。ずいぶんまえから、見かければその人だということがわかった。

甲斐は一人のときも、伴れのあるときも、なんとはなしに際立ってみえた。背丈の高い躯を少し前跼みにして、ゆっくりと歩く。顔つきは温かく穏やかで、微笑すると白いきれいな歯がみえた。

――宇乃は知っているわ、宇乃はまえからあの方を知っていることよ。

宇乃はよくそう思った。それは実感であった。ずっとまえからよく知っていたし、自分とは特に親しかった。いまでも、お互いがわかりさえしたら、まえのように親しくなれるのだ。宇乃はひとりでそう思っていた。

――思ったとおりだった。

弟と廊下をゆきながら、宇乃は心の中で呟いた。でもずいぶん淋しそうな方だわ、きっとなにか淋しい、悲しいようなことがあったにちがいない、まるでひとりぼっちなような話しぶりをなすっていたわ。

高廊下を曲ると、そこに塩沢丹三郎がいた。待っていたのだろう、宇乃に微笑し、すぐに虎之助を抱こうとした。