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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页

青空文庫

なにしろ侯は当代ならびなき権門であり、性質もとりわけ剛毅豁達で、思うことはとおさずにおかぬという人物のようですから」

「だがほかに人がいないわけではあるまい」と安芸が云った、「将軍家補佐として保科(正之)侯もおり、川越の侍従(松平信綱)もおられる筈だ」

「保科侯は御病弱です」と周防が云った、「そして、お忘れではないと思いますが、外様大名をとりつぶすことにかけては、川越侯は名手といわれている人です、そうではなかったでしょうか」

安芸は答えなかった。伊達六十万石を寸断すると聞けば、信綱はむしろ歓迎するかもしれない。信綱だけではない、幕府そのものが歓迎するだろう、安芸はこう思って、われ知らず低く呻いた。

半刻ほどして、甲斐は小屋を辞去した。

木戸まで紺野四郎兵衛が送って来た。空はいつか曇って、星一つ見えない、木戸を出ると、外は闇であった。

政右衛門は、もとの処に待っていて、甲斐が近づくと、「御前ですか」と云った。

「御前はよせ」と甲斐が云った、「変ったことはなかったか」

「ございませんでした」

「帰ろう」と甲斐は云った。

「すっかり曇っちまいました、足もとが危のうございますから、提灯をつけます」