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じろうものがたり
次郎物語
下村 湖人
04 第四部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 178,724 字 · 355 页
ところが、茶店のまえをとおり過ぎて四五間行っても、誰も声をかけるものがなかった。彼は安心とも失望ともつかぬ変な気持になり、われしらずうしろをふりむいた。
すると、馬田が茶店のかど口に立って、こちらを見ていた。そのしまりのない口は冷笑でゆがんでいる。次郎は、しかたなしに立ちどまった。
二人は、かなり永いこと、無言のまま顔を見あっていた。どちらからも歩みよろうとも、言葉をかけようともしない。次郎は、しかし、そのうちに、いつまでもそうしているのがばかばかしくなって来た。彼は思いきって馬田に背を向けようとした。すると、馬田がとうとう口をきった。
「本田、ずるいぞ。」
「何がずるいんだ。」
と、次郎は、また馬田の方にまともに向きなおった。
「僕がここにいること、君は知っていたんだろう。」
「知っていたさ。」
次郎はごまかさなかった。ごまかすどころか、そう答えることによって、皮肉な喜びをさえ味わっていたのである。
「知っていて、なぜだまって通りぬけるんだ。」
「用がないからさ。」
「なに、用がないから?」
馬田は、左肩をまえにつき出し、両肱をいからせながら、次郎の方によって来た。