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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 178,724 字 · 355 页

青空文庫

次郎のふみ出した足はひとりでにもとにもどった。彼は棒立ちになったまま、道江から馬田へ、馬田から道江へと、何度も視線を往復させた。そして最後に唾をごくりと飲み、自分を落ちつけるためにかなりの努力を払ったあと、わざとのように足音を立てて歩き出した。

馬田には、しかし、次郎の足音がきこえなかったらしい。彼は相変らず道江のうしろ姿を、見おくっていた。そして、もう一度帽子で股をなぐりつけたが、そのあと「ちえっ」と舌うちしながら、道を横ぎって茶店の中にはいって行った。次郎との距離は、もうその時には、わずか二三間しかなかったが、やはり首をねじって道江の姿を追っていたせいか、次郎の近づいたのにはまるで気がつかなかったらしい。

次郎は、顔を真正面にむけたまま、茶店のまえをとおった。針金で全身をしばられているような変に固い気持だった。店の中の様子はまるで見えなかったし、馬田がどのへんにいるかは、むろんわからなかった。ただ、店先に近い水桶の底に、半透明に光って沈んでいる何本かのところてんが、かすかに彼の眼をかすめただけであった。

彼は、自分の方から馬田に言葉をかける気にはまるでなれなかったが、しかし、馬田の方から言葉をかけられることは、十分覚悟もしていたし、心のどこかでは、むしろ期待もしていた。