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ぶしゅうこうひわ
武州公秘話
谷崎 潤一郎
01 武州公秘話
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,572 字 · 209 页
「―――此の袋の中にあるものは、おん父弾正政高公のおん形見。恐れながらそちらへお収め下さりませ」
「何? 父の形見?」
夫人が我が耳を疑う如く問い返すと同時に、河内介は
「はっ」
と云って、高く翳していた両手と一緒に頭を低く/\下げた。
「左様でござります。政高公御最期の砌、お傷わしくも御遺骸に大切なものが缺けていらしった筈でござります」
「それが、その袋に這入っているとお云いなのかえ?」
「はっ」
図
河内介の三倍もの嵩のある衣裳を着けた夫人の立ち姿が、そのとき牡丹の崩れ落ちるようなゆったりとした動揺を起して、尾の上をわたる松風にも似た大袈裟な衣ずれの音を立てた。それは夫人が今の返辞を聞くと等しく、河内介が捧げている品物に掌を合わせながら床にぺったり膝をついてしまったのであった。
「河内介」
と、夫人はやゝ暫く黙祷をつゞけた後に、全く今迄の威厳を捨てゝ、打って変った女らしい言葉づかいで尋ねた。
「此のお父様のお形見を、どうしてそちが持っていたのです?」
「その仔細と申しますのは、先年おん父弾正殿が此のお城をお囲みなされました折、三の丸、二の丸まで取り詰められまして、最早や落城の運命に定まりましたところ、御先代一閑斎殿、或る日人知れず忍びの者をお召しになりまして、弾正殿を闇討ちにするようにと、内々御沙汰を下されました。