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しんだちどり
死んだ千鳥
吉川 英治
「婦人倶楽部 臨時増刊」大日本雄弁会講談社、1937(昭和12)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,539 字 · 32 页
伏原だった。その顔つきを見ると、墨江は何か直感した。
『欣んで下され。――札が落ちた。金もこの通り』
封金を幾つか入れた重そうな財布を出して、墨江に見せた。そして歩き続けながら、
『とにかく、先程のお話の件だが……路傍では人に怪しまれようし。……そうそう、蒟蒻島で知人が、出合茶屋をかねた船宿をしておるから、そこ迄、お越し下さらぬか』
河岸ばかり多い暗い道は、墨江にとっても却って気易い心地がした。
伏原の案内した家も、船宿構えの静かな家で、店には小女と眼の疾そうな老婆しか居なかった。
『ここならば、何をお話しなされても、決して心配はない。聞えるのは、裏川の櫓の音ばかりで……』
四畳半の片隅に、朱骨の行燈が夢のように燈っていた。酒、肴をとって、伏原は飲み初めた。そして、墨江にも杯をすすめたが、墨江は、下に置いただけで、身をかたくして坐っていた。
『じゃ、茶漬でも』
伏原は、あっさりと、食事にして、小女に膳を片づけさせた。それからやっと、伏原は、話を切り出して、財布のうちから、黙って、五十両出して、彼女の手へ渡した。
『……えっ、じゃあこのお金を』
墨江は、咽び泣いてしまった。