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ししゃのしょ

死者の書

折口 信夫

「日本評論 第十四巻第一号~三号」1939(昭和14)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,340 字 · 126 页

青空文庫

可愛しいおれの名は、そうだ。語り伝える子があった筈だ。語り伝えさせる筈の語部も、出来て居ただろうに。――なぜか、おれの心は寂しい。空虚な感じが、しくしくと胸を刺すようだ。

――子代も、名代もない、おれにせられてしまったのだ。そうだ。其に違いない。この物足らぬ、大きな穴のあいた気持ちは、其で、するのだ。おれは、此世に居なかったと同前の人間になって、現し身の人間どもには、忘れ了されて居るのだ。憐みのないおっかさま。おまえさまは、おれの妻の、おれに殉死にするのを、見殺しになされた。おれの妻の生んだ粟津子は、罪びとの子として、何処かへ連れて行かれた。野山のけだものの餌食に、くれたのだろう。可愛そうな妻よ。哀なむすこよ。

だが、おれには、そんな事などは、何でもない。おれの名が伝らない。劫初から末代まで、此世に出ては消える、天の下の青人草と一列に、おれは、此世に、影も形も残さない草の葉になるのは、いやだ。どうあっても、不承知だ。

恵みのないおっかさま。お前さまにお縋りするにも、其おまえさますら、もうおいででない此世かも知れぬ。

くそ――外の世界が知りたい。世の中の様子が見たい。