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ししゃのしょ

死者の書

折口 信夫

「日本評論 第十四巻第一号~三号」1939(昭和14)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,340 字 · 126 页

青空文庫

横佩墻内に住む限りの者は、男も、女も、上の空になって、洛中洛外を馳せ求めた。そうした奔り人の多く見出される場処と言う場処は、残りなく捜された。春日山の奥へ入ったものは、伊賀境までも踏み込んだ。高円山の墓原も、佐紀の沼地・雑木原も、又は、南は山村、北は奈良山、泉川の見える処まで馳せ廻って、戻る者も戻る者も、皆空足を踏んで来た。

姫は、何処をどう歩いたか、覚えがない。唯家を出て、西へ西へと辿って来た。降り募るあらしが、姫の衣を濡した。姫は、誰にも教わらないで、裾を脛まであげた。風は、姫の髪を吹き乱した。姫は、いつとなく、髻をとり束ねて、襟から着物の中に、含み入れた。夜中になって、風雨が止み、星空が出た。

姫の行くてには常に、二つの峰の並んだ山の立ち姿がはっきりと聳えて居た。毛孔の竪つような畏しい声を、度々聞いた。ある時は、鳥の音であった。其後、頻りなく断続したのは、山の獣の叫び声であった。大和の内も、都に遠い広瀬・葛城あたりには、人居などは、ほんの忘れ残りのように、山陰などにあるだけで、あとは曠野。それに――本村を遠く離れた、時はずれの、人棲まぬ田居ばかりである。