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あぶらじごく
油地獄
斎藤 緑雨
「国会新聞」1891(明治24)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,624 字 · 69 页
のよ、高ちゃんはじきあれだと云って、手巾を口へあてゝじろりと貞之進を見たので、今迄歌ちゃんの頸の動く通り自分の頸も動かして居た貞之進は、この時試験に遇うような心持がして、お前、見に行くから悪いのさと云った歌ちゃんの詞は、まるで俯いて居る間に聞いた。それから両女はしきりに話合って居たが、今度は小歌小歌と声に色があるものなら、どすぐろい声で呼ばれるにハイと長く答え、膝の上に在った蜀紅錦の煙草入を右手に持ったまゝ立って行ったので、貞之進は魂いを赤の絞り放しのしょい揚に縋らせ、ぼんやり後影を目送って口惜いような気がする間に、あとから来た段通織の下着もまた起って行ったので、桜媚び海棠酔った我膳の前の春はたちまち去って、肴核狼藉骨飛び箸転がるの秋となった。ただすこしく貞之進の心を安んじたは、柳橋の芸妓梅乃家の小歌と、今の呼声によって初めて承知されたことだ。
その前貞之進は知己なる飯田の人というのに挨拶を仕たくって居たが、その時その人がちょうど座敷を出るのを認けたから、もしや帰るのかと思って奮って起ってその人の跡を逐い、例の沈黙と云れる