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あぶらじごく
油地獄
斎藤 緑雨
「国会新聞」1891(明治24)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,624 字 · 69 页
顔色、それでもお馴染だと思ってさと婢が云えば、儂はあの方だと思って、無理に幹事さんに頼んで貰って来たの、どんな方と尋ねるにこう/\と告る婢の詞が、小歌には思い当らないようで、それじゃアお馴染ではあるまいよと、立もせず坐りもせずで居るのを奥から主が、仕方がない来たものだ、ともかく二階へ行ってお呉れと促すので、はアと小歌は気が無さそうに登って行った。
見ると小歌は覚えがあるようで思出せない、毎夜の夢に忘れない貞之進が何とか、声を懸けそうなものを、これも知らぬ人のように横向いて居た、それが初心の買所だ。小歌は銚子をとってお酌と云うに、貞之進は冷たくなった猪口の残酒を飲干し、顫えまいと力を入れるほど顫えて、口へは遣らずやっぱり膳へ置たが、その時小歌は考え附いたか、たしかあなたは過日鳴鳳楼でと云うと、あゝと貞之進は初めて声を出して答え、よく入来ってよと解けた詞に嬉しさは頸筋元から這入って、例もの通り肚で躍って居た。小歌は今日は着更の姿で、上着は青味の勝った鉄色の地に、白い荒いさつま筋の出た御召縮緬、下着は同じく小豆色の御召、帯は紫地の繻珍、牡丹形の蒔絵の櫛に金足の珊瑚の簪、貞之進は我伏糸が見られる