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ねこののみとりぶし

猫の蚤とり武士

国枝 史郎

「夕刊大阪新聞」1934(昭和9)年8月7日~12月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,496 字 · 368 页

青空文庫

峠道はたいして嶮しくはなかった。

しかし左右には喬木灌木が、昼なお暗いまでに茂っていた。

そこを城方、井上家の家臣と、紀州藩士との連合軍が、百人あまり前後して、ゆるゆると歩いて行くのであった。

夕暮れまでに山の向こう側、すなわち青塚の郷のある盆地へ、到着するように行けばよいので、それより早く行っても悪く、遅く行ってもいけないのであった。

山の頂上へ達した時、城方の兵の隊長と――それは小林軍右衛門といったが、紀州藩士の隊長の、霜降小平とが囁き合い、それから梶子と三十郎の方へ、足早に寄って来た。

この頃全軍は木蔭や藪蔭に休み、割籠をあけて腹ごしらえをしていた。

「刃三十郎殿とやら仰せられましたな?」

と、小林軍右衛門が話しかけた。

「さよう、拙者、刃三十郎。……三十郎と申します」

と、そう穏かに三十郎は答えた。

「そなたのご婦人は梶子殿とやら?」

紀州藩士の小平が云った。

「はい、梶子と申します」

と、梶子も至極おだやかに答えた。

「実はな」

と軍右衛門が云いにくそうに云った。

「先刻村で貴殿方お二人に、突然加担方を申し込まれ、気ぜわしいおりからでありましたのと、一人でも味方は多い方がよい、――などとも存じて貴意に任せ、加担方おねがいいたしてござるが、この辺で一応ご身分などをな……でないとちょっと不安でござれば……」