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ねこののみとりぶし

猫の蚤とり武士

国枝 史郎

「夕刊大阪新聞」1934(昭和9)年8月7日~12月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,496 字 · 368 页

青空文庫

さすがに小平は紀州藩士だけに、梶子の噂は聞き知っていた。

でそう云うと恐縮しきって、また恭しく一礼した。

軍右衛門はすっかり怯えてしまった。

六万余石の小大名の家臣、それも比較的軽輩だったので、梶子というような特殊の女――いってみれば日本的の女隠密の、高名も噂も聞いていなかった。

が、今聞けば何んということか! 将軍家に次いで威権赫々たる、ご老中筆頭の松平伊豆守様の、女隠密であるという。ご親藩三家でも群を抜いて偉大な、紀伊大納言頼宣卿とも、膝つき合わせて話し合えるような、そんな特権を持っている、気味の悪い女だということである。

すっかり軍右衛門は怯えてしまった。

「いやはや何んとも……何んともイヤハヤ……」

云い云い彼は額の汗をぬぐった。

「さようなお方とは夢にも存ぜず、心安だてのこれまでの応対、平にお許しくだされますよう」

ここで脇の下の汗をぬぐい、

「今後はなにとぞお見知り置かれくだされ、何かとご芳情にあずかりたく……」

と、今度は鼻のあぶら汗を拭き、

「それにいたしてもそのようなお方が、われわれの勢にお加わりくだされ、青塚などへおいで遊ばさるとは……」