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ねこののみとりぶし
猫の蚤とり武士
国枝 史郎
「夕刊大阪新聞」1934(昭和9)年8月7日~12月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,496 字 · 368 页
(是非ともあの娘に逢いたいものだ)
その後一度も顔を見せない彼女が、彼には物足りなくてならなかった。
(もうこの屋敷にはいないのかしら?)
今も萩丸はそのことを考え、ぼんやりと坐っているのであった。
何んの装飾もない部屋であった。
それに雨戸がとざされているので、――昼も終日とざされているので、黴くさく湿けていた。
行燈の光が薄黄色く弱く、四辺を幽かに明るめてい、それに照らされた萩丸の顔は、さすがにやつれて痛々しく見えた。
と、隣室で足音がした。
(誰か来たな)
と萩丸は思った。
(茶でも淹れて来たのだろう)
三度の食事、朝晩の茶、そういうものには萩丸は、ここでは充分恵まれていた。
というのは義党の人々にとって萩丸は大事の人質であった。で、充分に飲食させ、健康を保たせる必要があった。そこで飲み物や食物については、不自由させなかったからである。
襖をあけてはいって来たのは、一切飲食の世話をしている、いつもの老爺でも老婆でもなく、一、二度ここで顔見知りの、松浦民弥という武士だったので、萩丸は不快そうに横を向いてしまった。
そう、民弥は他の同志と同じく、萩丸をして宥免状を書かせようと、一、二度この部屋へやって来て、それを萩丸へ強いたことがあって、二人はとうに知己なのであった。