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げんかくさんぼう

玄鶴山房

芥川 竜之介

一、二「中央公論 第四十二年第一号」1927(昭和2)年1月1日発行<br>三~六「中央公論 第四十二年第二号」1927(昭和2)年2月1日発行

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,434 字 · 25 页

青空文庫

大晦日もそろそろ近づいた或午後、玄鶴は仰向けに横たわったなり、枕もとの甲野へ声をかけた。

「甲野さん、わしはな、久しく褌をしめたことがないから、晒し木綿を六尺買わせて下さい。」

晒し木綿を手に入れることはわざわざ近所の呉服屋へお松を買いにやるまでもなかった。

「しめるのはわしが自分でしめます。ここへ畳んで置いて行って下さい。」

玄鶴はこの褌を便りに、――この褌に縊れ死ぬことを便りにやっと短い半日を暮した。しかし床の上に起き直ることさえ人手を借りなければならぬ彼には容易にその機会も得られなかった。のみならず死はいざとなって見ると、玄鶴にもやはり恐しかった。彼は薄暗い電灯の光に黄檗の一行ものを眺めたまま、未だ生を貪らずにはいられぬ彼自身を嘲ったりした。

「甲野さん、ちょっと起して下さい。」

それはもう夜の十時頃だった。

「わしはな、これからひと眠りします。あなたも御遠慮なくお休みなすって下さい。」

甲野は妙に玄鶴を見つめ、こう素っ気ない返事をした。

「いえ、わたくしは起きております。これがわたくしの勤めでございますから。」

玄鶴は彼の計画も甲野の為に看破られたのを感じた。