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こうばいつきげ

紅梅月毛

山本 周五郎

「富士」大日本雄辯會講談社 、1944(昭和19)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,869 字 · 32 页

青空文庫

「さあ、よく見て呉れ、こいつは風のようにとばすぜ」ひとりがそう云えば「まあこのすばらしい足を見ろよ」と別の男が云う、「そう眺めていたってしようがない、とにかくいちど乗ってみろ、ひと駆けすればこいつがどんな馬かわかるんだ」そんなことを口ぐちに叫びながら、みんな自分じぶんの馬をうまく心を惹くように曳きまわしたり、轡を小づいて嘶かせたりした。

半之丞は黙って興も無い顔つきでその馬の群を見まわしていたが、やがてその眼が吸いつけられるように或る一点へいって止った。そのようすに気づいて人々がふり返ると、門をはいった隅のところに、濃い栗毛のすばらしい逸物が一頭いた。……首の伏兎というところから脊梁、腰へかけての高く逞しい線、琵琶股から蹄へながれる緊った肉付きなど、見るからに逸物という感じである。これほどの馬は本多家中にもそう数多くはない。「ああ河内どのの馬だ」誰かがそう云うと追っかけて「見ろ、牡丹がいる」「河内どのの牡丹だ」と云い交わす声がつぎからつぎへと伝わっていった。それは老臣松下河内の飼い馬だった。飛騨の産で牡丹と号し、かつて京の二条城で徳川秀忠の眼にとまって所望されたが、河内はどうしても肯かなかったという由緒のあるものだった。