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うつくしいにほんのれきし

美しい日本の歴史

吉川 英治

「週刊文春」1959(昭和34)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,561 字 · 37 页

青空文庫

ひく手はあまただったが、しかし綏子には早くも時の皇太子居貞(後ノ三条天皇)のおぼし召しがほの見えていた。父の兼家もほかへやる気はない。やがて皇太子も御元服となられたのを機に、姫を入内させた。立后はべつであるが、尚侍に叙せられ、お添い臥しはかなうのである。麗景殿におかれたので「麗景殿ノ女御」ともよばれた。

けれど、お側においてみると、皇太子にはこの容色すぐれた少女も、何だか少しぴったりしなかったのかもしれない。ある夏の日である。それはたいそう暑い日だったとみえ、大きな銀盤に氷が盛ってあった。皇太子はふといたずら心に、

『姫。……離してはいけないよ』

と、その氷の一塊を、綏子の両の手に握らせた。そして、

『そなたが私を信じるなら、そして私に生涯の貞操をちかう気なら、よし、と私がゆるすまで氷をすててはいけない』

と、いいつけた。姫は言われるとおりに、じっと氷を握っていた。

ところが、次第に爪の色が紫ばみ、皮膚の色さえ変じて来ても、姫はなお本気になって、持ち怺えているのだった。それはもう愛情の誓いなどとは別な我慢のように見えたのだろう。皇太子はついに興ざめを催して言った。