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おちばいき

落ち梅記

山本 周五郎

「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1949(昭和24)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,748 字 · 61 页

青空文庫

「本当にそうお思いなさいますの」

「いちど公郷に会いたいと思うのですが」と、彼は由利江の反問には答えずにきいた、「――いつ頃いったら彼は家にいますか」

「そのときによりますけれど、午まえでしたらたぶん――でも、定ってとは申上げられませんわ」

由利江は恥ずかしそうに俯向いた。やっぱり家を外にして、幾日も帰らないようなこともあるのだろう、彼は由利江の顔が見られない感じで、「では明後日ゆくから家にいるように伝えて貰いたい」と頼んだ。

二人はふと沈黙した。それまでの話とは別に、もっとうちとけて語りたいことがある、お互いにとってもっとじかな、もっと親しく感情で触れあう話が、……由利江はわずかに窓の外へ眼をやった。金之助もそちらへ振向いた。雨にけぶる樹々の若葉からは緑の霧が立つように思える。すでに花期の過ぎた牡丹畑、――しとどに濡れたその葉ばかりの牡丹を、由利江はじっと思い深げに見まもっていた。

――母親に亡くなられたあと、由利江がこの家へ預けられたときから、もうこんなにも長く時が経ってしまった。

金之助はこう胸の中で呟いた。すべてはながれ去ったのである。どんな方法を以てしても、もはやあの頃のお互いをとりかえすすべはない。