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おちぼひろい

落穂拾い・犬の生活

小山 清

小山清『落穂拾い・犬の生活』。同一底本的分册已合并为一书。收入:落穂拾い、犬の生活、夕張の宿、生い立ちの記、桜林、西隣塾記、聖アンデルセン、前途なお、早春、その人、遁走、朴歯の下駄、安い頭、わが師への書、メフィスト。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 239,741 字 · 486 页

青空文庫

そのときおきぬには、ただ嘉吉の不幸だけが感じられた。

おきぬは使いに行くのに、よく井の頭公園を通って行く。あるとき、池に架けた橋の上を通っていたら、不意に嘉吉から声をかけられた。見ると嘉吉は池に浮べた船の中にいた。この公園には、その風致を保護するために、常住人夫が這入っている。そのとき嘉吉は、池の中に繁殖した藻を除去する仕事をしていたのだった。船の中には嘉吉のほかに二三人の人夫がいたが、嘉吉の声に皆んなおきぬの方を振り向いた。足早に去って行くおきぬに向って、嘉吉は云った。

「おれもすぐうちへ帰るよ。きょうはもうこれで仕事は終りだ。」

若しおきぬが器量よしの娘であったなら、嘉吉は仲間からさんざ冷やかされたことだったろう。

うちへ帰る。嘉吉が云った言葉がおきぬの心にしみた。嘉吉にとって、うちとはあのアパートの一室である。もとより嘉吉は、おかみさんが自分に対してどんな気持でいるかは、よく承知している。けれども、たとえどんなに居辛い気持があるにしても、嘉吉の生活の中では、あのアパートの一室はやはり自分のうちであった。それはどんなに不安定な生活をしている者の心の底にも潜んでいる感情ではなかろうか。