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くものゆめ
蜘蛛の夢
岡本 綺堂
岡本綺堂『蜘蛛の夢』。同一底本的分册已合并为一书。收入:蜘蛛の夢、穴、有喜世新聞の話、恨みの蠑螺、火薬庫、真鬼偽鬼、慈悲心鳥、女侠伝、廿九日の牡丹餅、放し鰻、馬妖記、平造とお鶴。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 147,189 字 · 298 页
もう一つ、彼の眼についたのは、茶の間の仏壇に新しい白木の位牌の見えたことであった。仏壇の戸は開かれて線香の匂いが微かに流れていた。
どこへ転任するのか、あるいは戦地へ出征するのか、それに就いては大尉も細君もいっさい語らなかった。佐山君たちも遠慮してなんにも訊かなかった。混雑の際に邪魔をするのも悪いと思って、二人は早々に暇乞いをした。
「そうしますと、別に御用はございませんかしら。」
「ない、ない。」と、大尉は笑いながら首をふった。「支店長にもどうぞよろしく。」
「はい。いずれお見送りに出ます。」
二人は店へ帰ってその通りを報告すると、支店長は黙ってうなずいていた。しかし彼の顔色もなんだか陰っているように見えた。向田大尉がここを立去るのは余り好い意味でないらしいと、佐山君はひそかに想像していた。それから三日目の夜汽車で向田大尉の一家族はいよいよここを出発することになった。大尉は出発の時刻を秘密にしていたのであるが、どこで聞き伝えたのか、見送り人はなかなか多かった。その汽車の出て行くのを見送って、支店長は思わず溜息をついた。
「いい人だっけがなあ。」
それから半月ほど経って、向田大尉から支店長にあてた郵便が到着した。