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くものゆめ
蜘蛛の夢
岡本 綺堂
岡本綺堂『蜘蛛の夢』。同一底本的分册已合并为一书。收入:蜘蛛の夢、穴、有喜世新聞の話、恨みの蠑螺、火薬庫、真鬼偽鬼、慈悲心鳥、女侠伝、廿九日の牡丹餅、放し鰻、馬妖記、平造とお鶴。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 147,189 字 · 298 页
しかし彼女はここを立去ろうともしないで、そのままこの家に居据っていることになった。というのは、彼女は帰るべき家を持たないからであった。
溝口医師の家は久住弥太郎という旗本の屋敷で、かのむすめはその用人を勤めていた箕部五兵衛の子で、その名をお筆というのであると自分の口から話した。幕府が瓦解の後、久住は無禄移住を願い出て、旧主君にしたがって駿府(静岡)へ行ったので、陪臣の箕部もまたその主君にしたがって駿府へ移ったが、もとより無禄というのであるから、どの人もなにかの職業を求めなければならない。箕部の一家も手内職などをして僅かにその日を送っているうちに、お筆の母がまずこの世を去り、つづいて父の五兵衛も死んだので、ことし十七のお筆は途方にくれた。
父が遺言に、東京の四谷見附外と小石川伝通院前とに遠縁の者がいる。それをたずねて何とか身の処置を頼めとあったので、お筆はちっとばかりの家財を路用の金にかえて、こころ細くも身ひとつで東京へ出て来て、まず小石川へたずねて行くと、その人はとうにそこを退転してしまって、その行く先も判らなかった。さらに四谷をたずねると、これも行くえ不明であるので、お筆は実にがっかりした。