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ひょうしゃくかんにんき
評釈勘忍記
山本 周五郎
「新読物」公友社、1947(昭和22)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,889 字 · 36 页
水練組との交渉をひとまず延期した千蔵は第二の交渉相手としてこの子之八を選んだ。肥え過ぎた人間は概して善人だという、殊に有賀は肉躰的にも精神的にも百事超然たる風格にみえたから、須井の如く悪辣な逆説を弄する惧れはないだろうと考えたのだ。ところがこれは非常な浅見だった、子之八の風貌が百事超然にみえるのは、脂肪の極大堆積に依って全皮膚の表面張力が限度に達しているため、全身的にも部分的にも心理の反映たる表情能力を欠除していたからで、その巨大な肉塊を掻分けて現われた実際の子之八は、千蔵の予想などとはまったく違う人品だったのである。
「仰しゃることがよくわかりましぇん」千蔵の問いに対して彼はサ行に癖のある悠長な口ぶりでこう反問した、「稽古とはいったい、どんな稽古でしか」
「速足組だから速歩法の稽古をするのではないのか」
「ああそれでしか」彼は悠くり点頭した、「それなら勿論やっておりまし、せれともやっていないとでも仰さるんでしか」
「そんなことは云わないが、今後なお組織立った方法でいっそう」
「いや御安心下しゃい、みんな実に達者なもので、それは実に吃驚するくらいでしから、その点なら実に塵ほどの御心配もありましぇんでし」