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ひょうしゃくかんにんき
評釈勘忍記
山本 周五郎
「新読物」公友社、1947(昭和22)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,889 字 · 36 页
人間の感覚器官のうち視聴の二覚ほど天邪鬼な唯物論的な無拘束な自由主義者はない、例えば眼のことにしても、芝居などで贔負役者のぎっくりきまる表情を見ようとするときとか、疾走する列車の窓から林間の川原で乙女が素裸で水浴しているのをみつけ、慌てて(もちろん美的感性から)振返るときなど決して希望どおりに見えた例しがない、にも拘らず見たくないもの、面を外向けたくなるような事物は必ず見える、厭になるほどはっきり見えるうえに記憶の原板へ焼付いてしまう。耳もそのとおり、セ※(濁点付き片仮名ヱ、1-7-84)ラックの甘美な田園描写曲の細部を聞き取ろうとか旅館で隣室の、――否、若夫婦の否、詰り、――戦争中来襲機と味方機との爆音を聞き分けようとするときなどてんから役に立たない癖をして、聞きたくない音、耳を掩いたいようなものは実によく聞える、聞くまいとすればするほどかさに掛って聞えるうえにこいつも記憶の石へ碑文のように彫付いてしまう、悪七兵衛が眼を剔出しゴッホ殿が耳をちょん切った所以実にここに存するのである。千蔵は眼をつむり他処事を考えていた、子之八の姿を見ず声を聞かぬために懸命の努力をした。