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ひょうしゃくかんにんき

評釈勘忍記

山本 周五郎

「新読物」公友社、1947(昭和22)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,889 字 · 36 页

青空文庫

いったいなに事が起こったのだろう、彼は鏡を置き腕組みをした。どのくらい考え耽ったことだろう、居間のほうで「あっーあ」という大きな欠伸が聞え、どたんと足を投出す音がした。そのとたんである、どたんと足を投出す音といっしょに、千蔵の胃の噴門部のあたりでぷつんとなにかが千切れ、「ぶれい者」という叫びが口を衝いて出た。まったく無意識の叫びだったし、ああおれはなにか呶鳴ったなと気づいた時には、既に居間へとび込んで秀六の枕許へ立っていた、「――起きろ、五躰満足でいたかったら自分の部屋へ退れ」家僕は夢でもみていると思ったのだろう、ぽかんと口をあけて主人を見上げたが、とつぜん恐怖の悲鳴と共に腰を抜かし、「うな、うな、鰻はあります、鰻はあります」と血迷ったことを喚きながら、畳の上を這い這い逃げていった。千蔵はまだ鏡を持っているのに気がつき、ちょっと覗いて床間へ置こうとしたが、吃驚したように慌ててまた覗いた。それから縁側へ出てゆき、鏡の面を拭いてよくよく眺めた……自分の顔である、慥かに、紛れもなく庄司千蔵の顔である、「ははあ」こう彼は頷いた、「ははあ、――」弁証法を借りるまでもない、この二つの顔の表明するものがわからなければ、それこそ頓痴気であり蒟蒻玉である。