轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

かみなりもんいほく

雷門以北

久保田 万太郎

「東京日日新聞」1927(昭和2)年6月30日~7月16日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,839 字 · 44 页

青空文庫

――その時分わたしは、落語も講釈も義太夫も、すべてそうしたものの分らない低俗な手合のみの止むをえず聞くものを浪花ぶしだとおもっていた。そう思ってあたまでわたしは馬鹿にしていた。――ということはいまでも決してそうでないとはいわない……(ついでながらわたしの始終好きでかよった寄席は「並木亭」と「大金亭」だった。ともに並木通りにあって色もの専門だった。――色もの以外、講釈だの浄瑠璃だのへはごくまれにしか足ぶみしなかったわたしは、だから吾妻橋のそばの「東橋亭」、雷門の近くにあった「山広亭」「恵比寿亭」そうした寄席にこれという特別の親しさをもっていなかった。――が「山広亭」、「恵比寿亭」とおなじく、いまはもう「大金亭」も「並木亭」もうちよせた「時代」の波のかげに、いつとなくすがたを消した。残っているのは「東橋亭」だけである。)

いまでこそ「聚楽」をはじめ、「三角」あり、「金ずし」あり、「吉野ずし」あり、ざったないろ/\の飲食の場所をそこがもっているが、嘗てははえないしもたやばかりの立並んだ間に、ところ/″\うろぬきに、小さな、さびしい商人店――例えば化粧品屋だの印判屋だののはさまった……といった感じの空な往来だった。