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なるとひちょう

鳴門秘帖(一)

吉川 英治

吉川英治『鳴門秘帖(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:鳴門秘帖、鳴門秘帖。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 262,100 字 · 523 页

青空文庫

とは思いながら――思わず十手の柄を握ってブルブルッとふるえた。

殺気を感じて、お十夜の手も、雷光のように刀の柄へ飛ぶ。

あわや! とみえた。

と。塀の中から、お綱であろう、周馬を待つ間の退屈しのぎに、探し出した三味線の糸をなおして、薗八節か隆達か、こッそりと爪で気まぐれな水調子を洩らしている。

水調子の三味の音が、フッと万吉と孫兵衛の殺気を消して、二人を理性に返らせた。

殊に万吉は、

「大事な体だ、おれの体は」

一八郎の訓戒を思いだし、目をつぶるように気を持って、バラバラッと、早足に駈けだしてしまった。

駈ける背中を凩が吹き拯って、てっぽう笊の紙屑を、蝶か千鳥かと、黄昏の空へ吹き散らした。やがて高く舞ったのが、どこかの屋敷の屋根瓦へ、気永にヒラ――と白く落ちてくる。

一方は、お十夜孫兵衛。

相変らずりゅうとして、縮緬ぞッきの懐手だ。それは万吉とあべこべのほうへ、黒塀に添って歩きだした。歩きださぬときゃつの眼が、またうるさくつけてくるだろうと、それをまぎらす足どりである。だから、いたって悠々としたもの、雪踏の裏金も鳴らぬ程に。

ここに、お十夜の姿をみるのは、大津以来のことであるが、困れば、相変らず持病の辻斬りを稼ぐとみえて、身装持物、穿物に至るまで、どうしてなかなかこっている。