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なるとひちょう

鳴門秘帖(一)

吉川 英治

吉川英治『鳴門秘帖(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:鳴門秘帖、鳴門秘帖。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 262,100 字 · 523 页

青空文庫

尺八は近くがよく、一節切は遠音がいい。さて、どこの風流子であろうかと思うまに、その音はふッと絶えてしまった。

やがてであった。

ふと見ると浦づたいに、江戸のほうへ向って、サク、サク、ときれいな砂へ草鞋のあとをつけて行く、一人の虚無僧の姿がみえる。

一節切の吹き人であろう。

それらしい竹を、紫金襴の笛袋へおさめて、平ぐけの帯の横へ刀のように差しこんで、そして、とある所へ立ち止まったかと思うと、かれの天蓋は、強い感慨に衝たれでもしたように、沖を眺めて動かなくなった。

「おお、江戸が見える! ……」

こうつぶやいたようである。

波に縒れ、波に散りひろがる陽のかげが、笠の下から虚無僧の顔へ映っている。白い腮、丹の如き唇――もっと深くさし覗くと凛とした明眸が、海をへだてた江戸の空を、じっとみつめているのであった。

何を思い耽っているのか、美男の虚無僧、そこにややしばらく忘我の態で立っていたが、やがてまた少し足を早めて、スタスタと立ち去って行く――。子安、生麦、鶴見、川崎――、浦づたいの道はそこで切れて、六郷川の渡舟――、乗合いの客はこんでいた。

「まったく、この年の暮へきて、えらいこッてございましたなあ」