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なるとひちょう

鳴門秘帖(一)

吉川 英治

吉川英治『鳴門秘帖(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:鳴門秘帖、鳴門秘帖。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 262,100 字 · 523 页

青空文庫

私はね、万吉さん、それが一番怖ろしいと思っている」

「じゃ、お綱、これほど俺が頼んでも、得心してくれねえのか」

「決して、分らない我を張るのではないけれど、万吉さん、私のほうからもこの通り、一生涯のお願いだから……」

「ええ、お前にそう手をつかれちゃ、いよいよ俺の立つ瀬がねえ」

「私という女一人を、助けると思って、もし――お願いだから、お願いだから」

「幾ら何といわれても、俺をさえ、置き残して行った弦之丞様のお覚悟を思うと、ウンと承知ができねえじゃねえか」

「ああ……それじゃどうしても――」

「オ、オ、オ、おい! お綱ッ」

「見遁しておくれ」

「な、なにをするんだッ」

「私はもう、死ぬよりほかに……」お綱の手に、いつか匕首が光っていた。袖に巻いて、あわや、自分の喉笛――グサッと突き立てそうにしたので、万吉があわてて袖を引っ張ると、お綱はそれを振りもぎって、パタパタと奥の部屋へ。

「とッ、とんでもねえ真似をッ」

草鞋ばきのまま飛び上がって後から追いかぶさった。あやうく外れた切ッ尖が、キラリと見えたのに冷やりとしながら、無理にそれをもぎ取って、

「ばッ、ばかな! そんな、つまらぬ短気を起こす奴があるものか、てめえも、見返りお綱といわれた女じゃねえか! ……」