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う

鵜

山本 周五郎

「講談倶楽部」博文館、1954(昭和29)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,733 字 · 38 页

青空文庫

彼は眩しそうな眼をした、「あんまりおどかさないでくれ」

雨あがりで、水はまだ濁っていた。

午まえは濁りがあって成績はよくなかった。午後になって濁りが薄くなると釣れだし、一刻ばかりのうちに十尾ほどあげた。むろん釣るそばから放してやるのだが、十何度めかに山女魚を放したとき岩の下から呼びかける声がした。

「なぜ魚を逃がすんですか」

半三郎は「うっ」といった、そして同時に眼をつむった。

「ねえ」とまたその声が云った、「せっかく釣ったのになぜ逃がしてしまうんですか」

「――竿を有難う」と半三郎が云った。

「なんて仰しゃったの」

「竿をどうも有難う」

「どう致しまして」その声は含み笑いをし、それから云った、「わたくしが悪かったんですもの、ずいぶん吃驚なすったようね」また含み笑いが聞えた、「わたくしも吃驚しましたわ、この淵は決して人の来ない処で、それで安心して泳ぎに来ていたんです、そうしたら釣竿が落ちて来て、眼をあいたらあなたがそこにいらっしゃるでしょ」声がとぎれて、それからまた云った、「なにか仰しゃって」

「いや」と半三郎が云った、「今日は、いつのまにそこへ――まえから来ていたのか」