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こうちょうのなげき
黄鳥の嘆き
甲賀 三郎
——二川家殺人事件
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,792 字 · 82 页
野村は重武がどこかの隅から、彼をじっと見詰めているような気がした。事によると、実際に、廊下の外から扉に耳を当てゝいるかも知れないのだ。
千鶴はちょっと考えて、
「暫くお見えになりませんでした」
「そう」
と、野村は直ぐに話題を転じて、
「重明さんの呑んだ薬というのは、いつも呑んでいた催眠薬に違いなかった?」
「えゝ、太田さまから頂く薬でございました」
「薬は誰が貰いに行くの」
「私が隔日に頂きに参ります。恰度その日の朝頂いて来たばかりでございました」
「他に薬はなかった?」
「えゝ、他に召し上るような薬はございませんでした」
「むろん、他に何か呑んだような形跡はなかったんだね」
「はい、別に見当りませんでした」
「有難う」
野村は部屋を出た。
重武は二川邸に暫く立寄らなかったという。彼が催眠剤を恐しい毒薬にスリ替えたとは思われない。重武からどんな薬を貰ったとしても、重明がそれを呑む気遣いはないのだ。子爵家の雇人は千鶴を始め、すべて信頼の置けるものばかりだ。殊に千鶴は情のある淑やかな娘で、身許も確かだし、女学校も出ているし、重明が安心して、身の廻り万端の世話をさしているので、重武に買収されて、医師の薬を毒薬にスリ替えるような大それた事は、絶対にするとは思えない。