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あるはいまつのどくはく

ある偃松の独白

中村 清太郎

線上閱讀中村 清太郎《ある偃松の独白(あるはいまつのどくはく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 頁

青空文庫

しかし幸いにも、木暮君の丹念な手記が、今度の大著、「山の憶い出」におさめられて、世に出ているから、自分の怠慢も少し気が楽になっている。

当時の覚え書きも、どこかの隅に、塵に埋もれているだろうし、紀行として書きかけの原稿もあったはずだが、そんな物を、今探し出す気もしない。とりとめのない、追懐の夢物語の方が、勝手なばかりでなく、むしろ似合わしいようだ。どうもあの頃の山の有様は、今から思うと、まるで夢のような景色なのだ。どこでもその傾きはあるが、黒部などはことにそうである。今でも、ひらけない山の中へ行くと、初めての処なのに、オヤ何だか見たような景色だ、と首をかしげることが往々にあるが、それが昔の山の生きた姿であったりする。

現今、あの白々しい日の照る、宇奈月という町へ電車で着いて、それから又トロッコのような物で運ばれて、それから……冒頭に、心が苦しいと書いたのも、それがあるためだ。大正初年、私が初めて訪れた頃のこの谷は、ひっそりとして人気が薄く、愛本で谷にはいって、内山を抜けると、もう村里はない。桃原という小平地を最後に、峡流らしい威容がそなわってくる。