輕鬆讀懂日語經典作品
ja-reading.com
輕鬆讀懂日語,輕鬆閱讀日語。線上閱讀日語經典作品。支援在閱讀過程中顯示假名、查詢生詞、翻譯句子。
しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
線上閱讀戸坂 潤《思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 頁
それはやがて明らかにしたい点だが、とにかくその際、パラドクシカルな観念は批評者自身の正面から見た標識にはなれぬわけだ。で寧ろ良心やシンセリティーの代りに、「意欲」や「指導性」(指導力)や「行動」などの方が、文学に於て問題になりうることとなる。云わば善悪というような倫理はパラドクシカルだが、意志というような力の物理的強弱はとに角一種の正面的な標識になれそうに見えるからである。だが問題はまだ、意欲や指導性や行動、等が一体必要であるか否かという段階にあるのであって、意欲や指導性や行動とは一体何かとか、更にはどんな行動が必要なのか又必至なのかがまだ展開されていない。だが少なくとも問題が、文芸批評に於て最初の眼目であった例の「政治」や「イデオロギー」や「世界観」の問題に、再び接近して来たことは、一応認められねばならぬ点である。
ここで又批評が文芸批評に限るものではない、という判り切ったテーゼを用いて、話しを明らかに出来るような点が出て来る。例の「意欲」や「指導性」や「行動」は、云うまでもなく吾々人間生活(或いはプロレタリアの或いは小ブルジョアのそれとも又インテリゲンチャの)に於ける意欲・指導力・行動なのだが、文芸主義的文芸批評の立場から云うと、之が又全く「文学的」