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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
線上閱讀戸坂 潤《思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 頁
30 哲学と文章
一
30 哲学と文章
一
現在の日本の或る常識水準から云えば、哲学という学問なり研究なりを、一頃のように何か日常生活から隔離した特別な世界にぞくするものだとは、実は誰も考えていない。今日哲学は可なりに常識に浸潤し、用いられるべき処に可なり正当に用いられていると云ってもいいだろう。そう見える限り、哲学は相当日常的になっている、とそう一応云っていい。元来哲学は終局的な意味に於て日常的なもので、云わば最も高級な日常のものなのだから、今云った現象は正当なのである。
なぜ併し哲学が元来そうした日常的なもので又常識にぞくするものか、ということになるが、そこではすでに哲学と他の世界との関係が穿鑿されねばならぬことになる。吾々の今の問題に近づいて行くためには、まず第一に哲学と他学問との相違点を明らかにするといい。
世間に流布されている色々の哲学概論の教科書などによると、哲学とは実在の学であるとか、最高真理の知識であるとか、科学的諸知識の総合であるとか、間違っていないかも知れないが併し殆んど真理を含んでいないような色々の説明が与えられている。だが少なくとも哲学が他の諸科学と異る点は、哲学の方法が統一的な世界観に基き又は対応することによって、この方法が極めて原則的な普遍通用性を持っているということにある、と云っていいだろう。