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ねこののみとりぶし
猫の蚤とり武士
国枝 史郎
線上閱讀国枝 史郎《猫の蚤とり武士(ねこののみとりぶし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 185,496 字 · 368 頁
「これは難儀にござりますな」
伊織は編笠の中で微笑した。
「でも頃加減になさりまして、一日も早くご帰国なされねば……」
「厭だよ、わしは帰らぬつもりじゃ」
「大殿様ご心配なされましょう」
「祖父様少しく愚に帰ったのう」
「何を仰せられます、滅相もない」
こう云って伊織は背後を見た。
近習頭の気むずかしやの、五十八歳の皆川作右衛門が、少し離れて附いて来ていた。
毎日若殿のお供をして、面白くもない江戸見物、作右衛門にとっては迷惑らしく、編笠の中の顔はしかんでいるのであった。
にわかに人なだれが打って来た。
「掏摸だ!」
と喚く声がした。
人なだれは三人の方へ襲いかかった。
と、それに溺れたかのように、一人の娘が萩丸の胸へ、縋るようにぶつかった。
「あれ、ご免あそばしませ」
「いや」
と萩丸は面食らって云った。
と、もうその時には萩丸の手は、娘の柔かい暖かい手に、グッとばかりに握られていた。
「…………」
「…………」
ひょっと娘は編笠の中を覗き、萩丸の眼を見詰めニッと笑った。
瞬間に萩丸はフーッとなった。
が、次の瞬間には、娘の躰は萩丸から離れ、山門の方へ歩き出していた。