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あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
線上閱讀中村 清太郎《ある偃松の独白(あるはいまつのどくはく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 頁
その男は、向うの岩から身を乗り出したまま、眼をまるくして、俺の方をヂーッと見つめたり、しげしげあたりを見廻したりしていたが、やがて、うれしくてたまらぬといった風に顔をほころばせ、何か小声でつぶやきながら、しきりとうなづく様子など、どうやらこちらに向って、親しみ深い挨拶でも送っているように、思われるではないか。おや?……俺はちょっとまごつき気味で、そこらを見やったけれど、別だん外に人間がいるわけでもなかった。
帽子をぬいだ彼の頭は半白で、やせ形の、邪気のなさそうな老人なのだ。もっとも俺にくらべたら、桁ちがいに若いだろうが。彼はいそいそと、背の荷物をおろしている。――はて、いったい何をする気かしらん、と思っていると、彼はポケットの帳面を探って、ジロジロこっちを見ながら、しばらく鉛筆を走らせた後、今度はルックサックから、分厚な木の箱を取り出して、岩の上にそれを開いた……。前後の様子からして、それはなんと、この俺を画に描くのだということが、迂闊な俺にもわかってきた。ますます意外だ。筆を握って俺の方を見入る彼の眼は、しかし突き刺すように鋭くて、まぶしいくらい光りを放つ。