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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《新書太閤記(しんしょたいこうき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 187,841 字 · 376 頁
藤吉郎すら、ふと解せなかった。
信長の側臣が、つねに苦しむのは、主人のこうした気心の変り方である。その鋭感な顔いろを見ると、みな沈黙をまもり、沈黙の中に、ただはらはらばかりしているので、当人の信長も、容易にまた機嫌を直すことが出来かねてしまうのであった。
その機微を読んで、気むずかしく閉じられた信長の眉をほぐす者は、侍臣のうちでもそう多勢はいなかった。藤吉郎と、いまここにはいないが、お気に入りの明智光秀ぐらいなものだった。
藤吉郎も、しばらく見ていたが、だれもこの場合を和めようとする者もいないので、ずいと、お市の方のそばへ寄って、泣きあえぐ背へこう云った。
「……さ、さ、御方。お側へすすんで、過ぎこし方のおはなしやら、このたびのお礼をも仰せなされませ。ただ、欣し泣きにばかり暮れておいで遊ばさずと」
「…………」
「どう遊ばしたものです。御兄妹の御仲ではありませぬか」
「…………」
――が。お市の方は、何としてもうごかなかった。兄の信長に、顔をあげて見せなかった。
明らかに、彼女はまだ、良人の長政を忘れかねていた。――長政を思うとき、信長は良人を滅ぼした敵将となり、身は、敵陣のなかに辱められている捕虜にひとしい心地がするのだった。