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みんげいよんじゅうねん

民藝四十年

柳 宗悦

線上閱讀柳 宗悦《民藝四十年(みんげいよんじゅうねん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 182,248 字 · 368 頁

青空文庫

だがこの世が世の凡てであろうか。一元の世界はないものであろうか。論理さえも力がなくなる境地はないものであろうか。

ここで想い起されるのは禅家の言葉である。「空手にして鋤頭を把れ」とか、「隻手の声を聞け」とか、「無絃の琴を弾ぜよ」などという。論理の判断では到底解決がつかぬ。なぜこういう不思議な問いを出すのか、出さねばならないのか。甚大な意味があろう。分別に止まっている間は、これに向い何の答えをも送ることが出来ぬ。それのみではなく、「達摩未だ西来せざる時如何」とか「蓮華未だ水を出でざる時如何」とか尋ねる。美醜が現れて已後のことを問うのではなくして、その二つが未だ分れぬ已前の境地を追求しようとするのである。「好醜あらば正覚を取らじ」といった言葉がここでまた想い出されるではないか。求めるところは美醜已前の世界なのである。そういう境地があるのみならず、元来は何ものもそれを本性としていることが説かれているのである。已前とは未生の意である。本性はその未生にある。盤珪禅師は「不生」の一語で万機に接したというが、「不生」は本来のもの、生れるにつれて備わっているもの、その元に居れと教えるのである。