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たまものまえ
玉藻の前
岡本 綺堂
線上閱讀岡本 綺堂《玉藻の前(たまものまえ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 130,703 字 · 261 頁
三
彼は焦れて右を切った。左を切った。うしろを払った。前を薙いだ。彼は独楽のようにそこらをくるくると廻って、夢中で手あたり次第に切り払ったが、一度も手ごたえはなかった。焦れて狂って、跳り上がって、彼は暗い河原を東西に駈けまわって、果ては狂い疲れてそこにばったり倒れた。倒れるはずみに彼は自分の刃で自分の胸を深く貫いてしまった。
鴨川の水はむせぶように流れていた。暗い河原にひざまずいて、まだ温かい彼の生血を吸う者があった。
三
左少弁兼輔と少将実雅とが四条の河原で怪しい死にざまをしたということが、忽ち京じゅうの大きい噂となった。勿論、誰もその事実を知った者はないが、二つの死骸の疵口から考えると、実雅がまず兼輔を切り殺して、自分はその場から少し距れた川下へ行って自害したものらしく思われた。
下手人も倶に亡びた以上、別に詮議の仕様もないのであるが、実雅は武人で宇治の左大臣頼長に愛せられていた。兼輔はむしろ関白忠通の昵懇であった。その関係からいろいろの浮説が生み出されて、実雅と兼輔との刃傷事件は単に本人同士の意趣ではなく、忠通、頼長兄弟の意趣から導かれたかのように言い囃す者も出来た。