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ぜにがたへいじとりものひかえ

銭形平次捕物控(八)お珊文身調べ

野村 胡堂

線上閱讀野村 胡堂《銭形平次捕物控(八)お珊文身調べ(ぜにがたへいじとりものひかえ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 143,455 字 · 290 頁

青空文庫

爪楊枝で歯をせせりながら、太平楽を極めますが、いくらか酒量の少ない女房のお市は、さすがに不気味だったとみえて、幾度も躊躇いながら、それでも立上がって、雨戸へ手を掛けました。

同時に、もう一度トン、トン、トンと軽く叩く音、続いて若い女の声で、

「ここを開けて下さいな――」

と、大地の底から響くようなか細い声が、ハッキリ雨戸の外に聞こえるのです。

「誰だえ」

お市は心張棒を外すと、思い切ってガラリと開けました。

角兵衛獅子の親方を振り出しに、女衒の真似をやったり、遊び人の仲間へ入ったり、今では今戸に一戸を構えて、諸方へ烏金を廻し、至って裕福に暮している佐吉の女房です。鬼の亭主に鬼神で、大概の物に驚くような女ではありませんが、この時ばかりは全くギョッとしました。

外は真っ白――。

人間はおろか、貉も狸もいる様子はなかったのです。

好い加減に積った雪は、狭い庭を念入りに埋めて、その上に薄月が射しているのですから、その辺には、物の隈もありません。庇の下はほんの少しばかり埋め残してありますが、物馴れたお市の眼には、そこに脱ぎ捨ててある、沓脱の下駄までハッキリ読めるのです。