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だらくろん(ぞくだらくろん)

堕落論・日本文化私観 他二十二篇

坂口 安吾

線上閱讀坂口 安吾《堕落論・日本文化私観 他二十二篇(だらくろん(ぞくだらくろん))》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 84,198 字 · 171 頁

青空文庫

多少の肉体を具えた四人称は、これは又特別のニュアンスをもつもので、私のここでふれたい問題は完全に肉体を持たない四人称に限られている。

英語や仏蘭西語や独逸語は主格なしに句をつくることができない。そこで作中の人物でもなく、作家自らでもなく、いわば作品の足をおろした大地からは遊離した不即不離の一点に於て純理的存在をなすところの一談話者兼一批判者(形の上では、つまり narrateur と penseur が一致したような体裁である)、一でも多でも全でもあり、同時に形態としては無であるところの第四人称が、外国語では文法的に必ず設立を余儀なくされるわけである。この種の「私」は不完全ながらも外国文学には時々用いられてきたようである。

日本語は幸か不幸か必ずしも主格の設置を必要としない。彼は斯々に考えたらしい、とか、斯々に考えた様子にも見えた、という風に言葉を用いて第四人称をはぶくことも出来ない相談ではないようである。「らしい」という主体が作者の主観に間違われる心配は、その前後の語法に多少の心を用いればまず絶対にないとみていい。それに私という第四人称が顔を出さないだけに、この無形の説話者はいささかの文章上の混乱をまねくことなく作品のあらゆる細部に説をなすことができ、最も秘密な場所に闖入してつぶさに観察する時にも文章