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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

線上閱讀戸坂 潤《思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 頁

青空文庫

だが私は「方法」が(「世界観」は云うまでもない)、理論乃至科学の方法であるのか、それとも一般的な意味に於ける芸術の方法であるのかに就いて、まだ少しも区別をしていない。この区別は無論なくてはならぬが、この区別に拘らず両者に就いて一般的に共通なことが云えるという点が、唯物論による世界観と方法との根本関係だということを、示したかったのである(理論乃至科学と芸術乃至文学とは、方法の最後の二つの種類だが、その理由を述べている余裕がない)。

一体世界観(唯物論ではこれ自身唯物論と名づけられる)は、現実の(唯物論的方法による)把握である。だがこの場合、唯物論的方法は、それが理論乃至科学のものであるか、それとも芸術乃至文学のものであるかによって、決して同じであり得ないのは明らかであるが、区別を含むこの「方法」が、今の場合一応背後にかくされているから、世界観の方は、理論のものであろうと、芸術のものであろうと、何等の区別を示さないわけだ。云いかえれば、世界観というのは、それ自身の立場から云えば、理論乃至科学にも芸術乃至文学にも共通なのであって、それ自身が方法に転化する時になって初めて、方法(従って又逆に世界観もの)の区別が発生するのだと云って好い。